こんな歴史あんな歴史 その3
日農や総同盟などは、今度は最初から共産党系の人物を排除して無産政党をっくることを考え、準備会を経たのち、大正十五年(一九二六)三月に労働農民党の結党にふみきりました。
これは日農と総同盟に他の労働組合をくわえたもので、杉山元治郎が委員長、三輪寿壮が書記長、あべいそおあそうひさしまつおかこまきちすかがこうみやけしよういち安部磯雄・西尾末広・賀川豊彦・麻生久・松岡駒吉・須永好・三宅正一などが執行部を形づくっていました。
この顔ぶれからもわかるように、それは穏健な社会民主主義の政党をめざしていたといっていいでしょう。
しかし、この党もまもなく左右の抗争を生み、左翼にたいして門戸開放を要求する勢力がしだいに強くなりました。