こんな歴史あんな歴史 その1
大正十四年にはいると、単一無産政党樹立の要求が労働組合や農民組合のあいだで強くなり、佐野(学)を主筆とした『無産者新聞』も大いにそれをアジりはじめました。
しかし、労働組合のほうは、総同盟の分裂があってイニシャティヴ(主導権)をとることがむずかしかった。
そこで日本農民組合が、十四年六月、その提唱をおこなうことになり、八月には無産政党組織準備協議会が大阪で開かれた。
ここには労働組合・農民組合のほか政治研究会・水平社など十六団体から五十五名の代表が集まっています。
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大正十四年にはいると、単一無産政党樹立の要求が労働組合や農民組合のあいだで強くなり、佐野(学)を主筆とした『無産者新聞』も大いにそれをアジりはじめました。
しかし、労働組合のほうは、総同盟の分裂があってイニシャティヴ(主導権)をとることがむずかしかった。
そこで日本農民組合が、十四年六月、その提唱をおこなうことになり、八月には無産政党組織準備協議会が大阪で開かれた。
ここには労働組合・農民組合のほか政治研究会・水平社など十六団体から五十五名の代表が集まっています。
準備協議会は綱領などの作成に入ったが、はじめ西尾末広(総同盟)・渡辺政之輔(評たかはしさだきさのけさみこえつとうしゆう議会)・高橋貞樹(水平社)・佐野袈裟美(政治研究会)など呉越同舟の委員会ではじめた綱領作成は、たちまち総同盟を中心とする右派と、評議会・水平社を中心とする左派に分裂し、総同盟は十一月、準備会から脱退してしまった。
そこでのこった左派と中間派だけで政党樹立がすすめられ、十二月一日にようやく農民労働党の創立大会にこぎつけたのでした。
しかし、この党はまことにあっけなくつぶれてしまった。
この大会で綱領を採択し、書記長浅沼稲次郎.会計細野三千雄など役員をきめたところまではよかったが、政府はその三十分後に浅沼らを警視庁によび、禁止・解散を申し渡したのでした。
それは、この党の背後に秘密の綱領があること、準備に参加した人物の一部の思想・行動に国体と相容れないものがあることを理由としたものであり、評議会や政治研究会を通じて日共系の勢力が入っていることを警戒した措置だったとみていいでしょう。
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